2024年7月1日、ビジネスチャットの雄、Chatwork株式会社は「kubell株式会社」へとその名を変えた。これは単なる社名変更ではない。国内利用者数No.1のビジネスチャットツールを礎に、中小企業のあらゆる業務プロセスを支援する「BPaaS(Business Process as a Service)カンパニー」へと進化を遂げるという、力強い意志表明である。
本記事では、Chatworkからkubellへと変貌を遂げる同社の「今」を徹底的にデューデリジェンスする。ビジネスチャットというコミュニケーションツールから、中小企業のDXを根幹から支えるプラットフォームへと昇華しようとする壮大な成長ストーリーは、果たして投資に値するものなのか。
財務データだけでは見えてこない、事業の質、競合優位性、組織力、そして未来の可能性を、多角的な視点から深掘りしていく。この記事を読み終える頃には、kubellという企業の投資価値を深く理解し、あなた自身の投資判断を下すための確かな羅針盤を手にしていることだろう。
企業概要:ビジネスチャットのパイオニアからBPaaSのフロントランナーへ
kubell株式会社(旧Chatwork株式会社)は、「働くをもっと楽しく、創造的に」をコーポレートミッションに掲げ、ビジネスコミュニケーションの革新をリードしてきた企業である。もはや説明不要とも言える主力事業「Chatwork」は、国内利用者数No.1を誇るビジネスチャットツールであり、中小企業を中心に圧倒的な顧客基盤を築いている。( Nielsen NetView 及びNielsen Mobile NetView Customized Report 2024年4月度調べ月次利用者(MAU:Monthly Active User)調査)
設立と沿革:自社ツールから国民的ビジネスインフラへ
同社の創業は2000年に遡る。当初はEC studioとして事業を開始し、自社の業務効率化のために開発された社内ツールこそが、現在の「Chatwork」の原型である。現場のニーズを徹底的に反映し、改善を重ねる中でその有用性が社外からも注目され、2011年に正式にサービス提供を開始した。
その後、中小企業における「使いやすさ」が評価され、利用者は爆発的に増加。2019年には東証マザーズ(現グロース)市場への上場を果たし、国民的なビジネスインフラとしての地位を確立した。そして2024年、主力事業の名を冠した社名から「kubell」へと変更し、ビジネスチャット事業を核としながらも、提供価値の領域を大きく広げていく「第2の創業期」へと舵を切った。
事業内容:コミュニケーションプラットフォームとBPaaSの両輪駆動
現在のkubellの事業は、大きく二つのセグメントで構成されている。
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コミュニケーションプラットフォーム事業: 主力製品であるビジネスチャットツール「Chatwork」の提供。フリーミアムモデルを基本とし、個人事業主から大企業まで幅広い層が利用。有料プランでは、ユーザー管理機能の強化やストレージ容量の拡大などを提供し、収益を上げている。
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BPaaS(Business Process as a Service)事業: Chatworkという強固な顧客基盤を活かし、中小企業が抱える様々なバックオフィス業務(人事、労務、経理、採用など)を代行、または効率化するサービス群。例えば、子会社化したミナジンが提供する給与計算アウトソーシングや、「Chatwork アシスタント」による請求業務・経費精算の代行などがこれにあたる。
この二つの事業は独立しているのではなく、有機的に連携している点がkubellの最大の強みである。日常のコミュニケーション基盤であるChatwork上で、バックオフィス業務の依頼や確認がシームレスに行えるUX(ユーザーエクスペリエンス)を提供することで、顧客を深く囲い込み、LTV(顧客生涯価値)の最大化を狙う。
企業理念とコーポレートガバナンス
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企業理念: 「働くをもっと楽しく、創造的に」というミッションは、単なるスローガンではない。自社製品であるChatworkを徹底的に活用し、従業員一人ひとりが創造性を発揮できる組織づくりを実践している。後述する組織文化にも、この理念は色濃く反映されている。
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コーポレートガバナンス: 同社は、持続的な企業価値向上を目指し、経営の健全性、透明性、コンプライアンスを重視したガバナンス体制の構築に努めている。社外取締役を中心とした監査等委員会を設置し、経営の監督機能を強化。また、株主をはじめとする全てのステークホルダーとの建設的な対話を重視する姿勢を明確にしている。
ビジネスモデルの詳細分析:なぜChatworkは強いのか
kubellのビジネスモデルの核心は、「Product-Led Growth(PLG)」によって築き上げた圧倒的な顧客基盤を、高付加価値な「BPaaS」へと転換させることにある。その強さの源泉を、収益構造、競合優位性、バリューチェーンの観点から解き明かす。
収益構造:安定のサブスクリプションと成長のBPaaS
kubellの収益は、主に以下の二つから構成される。
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Chatwork利用料(サブスクリプション収益):
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モデル: フリーミアムモデルを採用。無料プランでユーザーの裾野を広げ、機能制限や利用量に応じて有料プラン(ビジネスプラン、エンタープライズプラン)へのアップセルを促す。
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特徴: 一度導入されると組織のコミュニケーションインフラとなるため、解約率(チャーンレート)が極めて低い。これにより、安定的かつ予測可能性の高い収益基盤(ARR: 年間経常収益)を構築している。近年の価格改定も成功し、ARPU(1ユーザーあたりの平均売上)は着実に上昇傾向にある。
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BPaaS関連収益:
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モデル: 業務代行やコンサルティングなど、提供するサービス内容に応じた月額課金や従量課金が中心。
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特徴: Chatworkの利用料に比べ、顧客単価が格段に高い。中小企業のDX化の流れを捉え、今後最も大きな成長が期待される領域である。「Chatwork DX相談窓口」などを通じて、既存のChatworkユーザーの潜在的な課題を掘り起こし、クロスセルに繋げている。
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競合優位性:中小企業の「ど真ん中」を射抜く戦略
ビジネスチャット市場には、SlackやMicrosoft Teamsといった強力なグローバルプレイヤーが存在する。しかし、その中でkubellは明確な差別化に成功している。
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ターゲット顧客の明確化: kubellが主戦場とするのは、日本国内の中小企業、特にITリテラシーが決して高くない層である。SlackやTeamsが高機能・多連携を武器にIT企業や大企業に浸透する一方、Chatworkは「誰でも直感的に使えるシンプルさ」を追求。PC操作に不慣れな従業員でも容易に導入できる点が、非IT系の中小企業経営者から絶大な支持を得ている。
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社外との接続性: Chatworkは、社内だけでなく、取引先など社外のユーザーとも容易につながれる設計になっている点が大きな特徴だ。これは、社内利用が中心のクローズドなコミュニケーションを前提とする競合ツールとの明確な違いである。日本のビジネス慣習において、プロジェクト単位で多様なステークホルダーと連携する場面は多く、この「オープンさ」が導入の決め手となるケースは少なくない。
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圧倒的な顧客基盤とネットワーク効果: 国内利用者数No.1という事実は、強力なネットワーク効果を生み出す。「取引先がChatworkを使っているから、自社も導入する」という流れが自然発生し、新規顧客獲得の好循環が生まれている。この顧客基盤こそが、BPaaS事業を展開する上での最大の参入障壁となっている。
バリューチェーン分析:価値創造の連鎖
kubellの価値創造プロセス(バリューチェーン)は、PLG戦略とBPaaS戦略が巧みに組み合わさっている。
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主活動:
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研究開発: 「シンプルさ」「使いやすさ」を追求したUI/UXの研究開発に注力。近年は、AI技術を活用した機能開発にも積極的。
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プロダクト開発: ユーザーフィードバックを迅速に反映するアジャイルな開発体制。後述する技術的負債の返済にも計画的に取り組み、サービスの安定性を担保。
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マーケティング・営業: PLG戦略を核とし、大々的な広告よりも口コミや紹介(バイラル)による自然増を重視。無料プランでプロダクトそのものが営業ツールとして機能する。
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BPaaS提案・導入: 「DX相談窓口」やカスタマーサクセス部門が、既存ユーザーの業務課題をヒアリングし、最適なBPaaSソリューションを提案。導入支援までをワンストップで担う。
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顧客サポート: 充実したヘルプページやサポート体制により、ITに不慣れなユーザーでも安心して利用できる環境を提供。顧客満足度の維持・向上に努める。
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支援活動:
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全般管理・財務: M&A巧者である井上CFOのリーダーシップのもと、戦略的な資金調達と投資判断を実行。
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人事・労務管理: 自社製品を活用した柔軟な働き方を実践し、従業員エンゲージメントの向上を図る。これがプロダクトの説得力にも繋がっている。
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技術インフラ: 膨大なコミュニケーションデータを支える安定したインフラ運用。
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このバリューチェーンの強みは、**「Chatworkの利用拡大」→「顧客接点の深化」→「潜在課題の発見」→「BPaaSによるソリューション提供」→「顧客単価(ARPU)とLTVの向上」**という一気通貫の流れが極めてスムーズに設計されている点にある。
直近の業績・財務状況:成長性と収益性の両立フェーズへ
出典:kubell株式会社 2023年12月期 決算説明資料
kubellはこれまで、市場シェア拡大を最優先し、積極的な投資を続けるフェーズにあった。しかし、直近の決算からは、成長を維持しつつも、収益性を着実に改善させるという新たなステージに移行したことが見て取れる。
損益計算書(PL):トップラインの力強い成長と黒字化への道筋
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売上高: 2023年12月期の連結売上高は84.7億円(前期比30.6%増)と高成長を維持。特に、最重要指標と位置付けるChatworkセグメントの売上高は前期比+44.1%と、全体の成長を力強く牽引している。これは、価格改定によるARPUの上昇と、有料課金ユーザー数の順調な増加が背景にある。
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営業利益・EBITDA: 注目すべきは利益面の改善だ。EBITDA(税引前利益に支払利息、減価償却費を加えて算出される利益)は、赤字幅が大幅に縮小し、2023年第4四半期には単独で黒字化を達成。適切なコストコントロールと売上拡大が結実し始めており、通期での黒字化も視野に入ってきた。
貸借対照表(BS):安定した財務基盤
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自己資本比率: 安定した財務基盤を維持しており、今後の成長投資に向けた余力は十分にあると言える。大型のM&Aなども実行可能な財務状態にある。
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資産構成: 現金及び預金が潤沢であり、事業継続性に関するリスクは低い。のれんの額も一定程度存在するが、これは積極的なM&A戦略の結果であり、今後の収益貢献によって十分に正当化される範囲内と考えられる。
キャッシュ・フロー計算書(CF):投資フェーズの継続
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営業キャッシュ・フロー: EBITDAの改善に伴い、営業キャッシュ・フローも改善傾向にある。
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投資キャッシュ・フロー: BPaaS事業の強化に向けたM&Aや、プロダクト開発のための人材投資などを継続しており、依然として積極的な投資フェーズにあることが伺える。
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財務キャッシュ・フロー: 過去には公募増資などを通じて大型の資金調達を実施しており、成長資金の確保に抜かりはない。
全体として、kubellの財務は「高成長と利益創出の両立」という、投資家にとって最も魅力的なフェーズに突入したことを示唆している。先行投資が実を結び始め、今後、売上成長が利益の拡大にレバレッジを効かせていく展開が期待される。
市場環境・業界ポジション:広大なブルーオーシャンと確固たる橋頭堡
kubellの成長性を評価する上で、同社が事業を展開する市場の魅力と、その中でのポジションを理解することは不可欠である。
市場の成長性:中小企業DXという巨大な潮流
kubellがターゲットとする中小企業市場は、日本の全企業数の99%以上を占める巨大なマーケットである。しかし、その多くが人手不足やIT人材の不在といった課題を抱え、DX化が遅々として進んでいないのが実情だ。
参考: 中小企業の DX 推進に関する調査(独立行政法人中小企業基盤整備機構)
これは裏を返せば、そこに巨大な成長機会(ホワイトスペース)が広がっていることを意味する。国策としても中小企業のDX推進が掲げられており、今後、業務効率化や生産性向上に向けたIT投資は加速こそすれ、鈍化することは考えにくい。
ビジネスチャット市場自体も、矢野経済研究所の予測によれば2027年度には467億円規模への拡大が見込まれており、依然として高い成長ポテンシャルを秘めている。
参考: ビジネスチャットの市場規模は?拡大の理由と今後に期待されること(Chatwork)
競合比較とポジショニングマップ
前述の通り、ビジネスチャット市場には競合が存在する。しかし、それぞれのツールは棲み分けが進んでいる。
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Slack: IT企業や開発者コミュニティを中心に、高いカスタマイズ性と豊富な外部連携機能で支持される。高機能だが、非ITユーザーには複雑に感じられる側面もある。
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Microsoft Teams: Microsoft 365とのシームレスな連携が最大の強み。既にOffice製品を導入している大企業を中心に展開。
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LINE WORKS: LINEの操作性を踏襲し、現場仕事など非デスクワーカー層に強い。
これらに対し、Chatworkは「非IT系の中小企業」という明確なニッチ市場でトップランナーの地位を築いている。
ポジショニングマップ(概念図)
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縦軸: ターゲット顧客規模(上: 大企業 / 下: 中小企業・個人)
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横軸: 機能・志向性(左: シンプル・コミュニケーション重視 / 右: 高機能・多連携・業務プロセス統合)
^ 大企業
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| (Microsoft Teams)
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(Slack) +-----------------------+
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+-----------------------+ (Chatwork/kubell)
| (LINE WORKS) |
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v 中小企業・個人
<-------+-----------------------+------->
シンプル 高機能
このマップが示すように、Chatworkは他の競合とは異なる独自のポジションを確立している。このポジションこそが、単なるチャットツールに留まらないBPaaS展開を可能にする戦略的資産なのである。
技術・製品・サービスの深堀り:シンプルさの裏にある緻密な戦略
Chatworkの最大の武器は、その「シンプルさ」と「使いやすさ」である。しかし、その裏側には、ユーザーにストレスを感じさせないための緻密な技術戦略と、将来のプラットフォーム化を見据えた研究開発が存在する。
特許・研究開発:ユーザー体験の向上と未来への布石
kubellは、単に機能を増やすのではなく、ユーザー体験(UX)をいかに向上させるかという点に研究開発の重点を置いている。例えば、メッセージの見落としを防ぐためのタスク管理機能や、円滑なビデオ通話機能など、コミュニケーションの本質的な課題を解決するための機能改善が継続的に行われている。
また、近年ではAI技術の活用にも積極的だ。チャット上での問い合わせに対するAIによる自動応答や、膨大なコミュニケーションデータから業務上の示唆を得るための分析など、プロダクトの付加価値を高めるための研究開発が進んでいる。これは、将来的に「ビジネス版スーパーアプリ」として、あらゆるビジネスの起点となるプラットフォームを目指す上で不可欠な投資である。
商品開発力と技術的負債への取り組み
長年にわたりサービスを運営してきた中で、コードの複雑化といった「技術的負失」は、あらゆる成長企業が直面する課題である。kubellのエンジニア組織は、この課題から目を背けることなく、ブログなどを通じてその存在を公にし、計画的な返済に取り組む姿勢を見せている。
参考: iOSアプリの大きな技術的負債に立ち向かう – kubell Creator’s Note
具体的には、古いプログラム言語(Objective-C)から新しい言語(Swift)への移行や、システムのモジュール分割によるビルド時間の短縮など、地道ながらもサービス品質と開発効率を維持・向上させるための努力を続けている。こうした姿勢は、長期的なサービスの安定性と拡張性を担保する上で極めて重要であり、高く評価できる。
経営陣・組織力の評価:成長を牽引するリーダーシップと文化
企業の持続的な成長は、優れた経営陣と、その方針を体現する強固な組織力によってもたらされる。kubellの経営陣は、それぞれの分野で高い専門性を持つプロフェッショナルで構成されている。
経営者の経歴・方針:プロダクトと経営のハイブリッド
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代表取締役CEO 山本 正喜 氏: 創業者の一人であり、Chatworkの生みの親でもある。CTO(最高技術責任者)として長年プロダクト開発を牽引してきた経歴を持ち、技術とユーザーへの深い理解を併せ持つ。彼のリーダーシップの根幹には「良いものをつくる」という強い信念があり、そのために良い組織、良い業績が必要という一貫した哲学を持つ。「ものづくりはひとづくり」を座右の銘とし、プロダクトと組織の両面から企業成長をドライブする、まさにkubellの思想を体現する経営者である。
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取締役 上級執行役員CFO 井上 直樹 氏: 戦略コンサル、リクルートを経てChatworkに参画。特にリクルート時代には、HRテクノロジーの巨人「Indeed」の買収や、その後のPMI(Post Merger Integration:M&A後の統合プロセス)を主導した経験を持つ。彼の存在は、kubellがBPaaS戦略を推進する上で不可欠なM&Aを、単なる買収で終わらせず、真のシナジー創出へと導くための強力なエンジンとなっている。
参考: Chatwork 山本 正喜|国産ビジネスチャットの先駆者に聞いた、起業を成功させるコツ – 創業手帳 参考: 元リクルート、Indeedの買収担当者のCFOが語る。Chatworkが仕掛けるM&Aは、責任の質が全く違う。 – kubell days
社風・従業員満足度・採用戦略
kubellの組織文化は、自社のミッションである「働くをもっと楽しく、創造的に」を自ら実践している点に最大の特徴がある。
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コミュニケーション文化: 全従業員がChatworkを徹底活用し、オープンでフラットなコミュニケーションを推奨。部署や役職を超えた情報共有が活発に行われている。これは風通しの良い組織文化を醸成するだけでなく、自社プロダクトのドッグフーディング(自社製品を日常的に利用し、問題点を発見・改善すること)にも繋がり、製品力の向上に貢献している。
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エンゲージメント向上の取り組み: 従業員同士が感謝と称賛を送り合う「ピアボーナス制度」を導入するなど、エンゲージメント向上に積極的である。具体的なエンゲージメントスコアの開示はないものの、低い離職率を維持しているとの情報もあり、従業員が働きがいを感じられる環境づくりに成功していることが伺える。
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採用戦略: 単なるスキルフィットだけでなく、同社のバリューへの共感(カルチャーフィット)と、配属チームとの相性(チームフィット)を重視した採用を行っている。事業の成長フェーズに合わせて、必要な専門性を持つ人材を的確に採用できている点は、経営戦略の実行能力の高さを示している。
中長期戦略・成長ストーリー:スーパーアプリ化へのロードマップ
kubellは、2024年から2026年までの中期経営計画を発表しており、その中で「中小企業No.1 BPaaSカンパニー」としての地位を確立するという明確な目標を掲げている。
出典: Chatwork、中期経営計画2024−2026を発表
中期経営計画:3つの戦略による成長の加速
中期経営計画では、2026年度に**連結売上高150億円、EBITDAマージン10〜15%**という挑戦的な財務目標を掲げ、その実現のために以下の3つの基本戦略を推進する。
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コミュニケーションプラットフォーム戦略:
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Chatworkの提供価値をさらに向上させ、中小企業のビジネスにおけるコミュニケーション基盤としての地位を盤石にする。AIの活用や機能強化により、ユーザーエンゲージメントを高め、安定的な収益基盤を拡大させる。
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BPaaS戦略:
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Chatworkの顧客基盤に対し、人事・労務・経理などのバックオフィス業務を支援する各種サービスをクロスセル展開する。M&Aも積極的に活用し、提供サービスのラインナップを拡充。コミュニケーションと業務プロセスをシームレスに繋ぐことで、顧客を深く囲い込む。
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新規事業戦略:
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既存事業の枠にとらわれず、中小企業の経営課題を解決する新たな事業の創出を目指す。
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長期的には、これらを発展させ、あらゆるビジネスの起点となる**「ビジネス版スーパーアプリ」**の実現を目指している。これは、Chatworkを開けば、コミュニケーションから各種業務の実行、経営判断に必要な情報の取得まで、すべてが完結する世界の実現を意味する。
海外展開・M&A戦略
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M&A戦略: BPaaS戦略を加速させるための最重要戦略と位置づけられている。給与計算に強みを持つミナジンの買収はその好例である。今後も、Chatworkの顧客基盤と高いシナジーが見込める領域において、積極的なM&Aが実行される可能性は高い。PMIのプロであるCFOの存在が、この戦略の成功確率を大きく高めている。
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海外展開: 過去には海外拠点も存在したが、現在は国内の中小企業市場の深耕にリソースを集中していると見られる。中期経営計画においても海外展開に関する具体的な言及は限定的であり、現時点での優先事項ではないと考えられる。国内市場の圧倒的なポテンシャルを考慮すれば、これは合理的な戦略判断と言えるだろう。
リスク要因・課題:成長の裏に潜む注意点
kubellの成長ストーリーは魅力的だが、投資を検討する上では、潜在的なリスクや課題についても冷静に分析する必要がある。
外部リスク
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景気変動の影響: メインターゲットである中小企業は、大企業に比べて景気変動の影響を受けやすい。景気後退局面では、中小企業のIT投資が抑制され、有料プランの契約やBPaaSの導入が伸び悩む可能性がある。
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競合の激化: 現在は棲み分けができているものの、グローバルプレイヤーが中小企業市場向けに廉価版やシンプルな機能のサービスを投入してくる可能性はゼロではない。また、特定の業務領域に特化したバーティカルSaaSとの競合も想定される。
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法規制の変更: 個人情報保護や情報セキュリティに関する法規制が強化された場合、システム改修などに新たなコストが発生する可能性がある。
内部リスク
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フリーミアムモデルの課題: 無料プランから有料プランへの転換率(コンバージョンレート)が想定通りに進まない場合、収益成長が鈍化するリスクがある。無料プランの機能と有料プランの機能のバランスを、市場環境に合わせて最適化し続ける必要がある。
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M&Aの成否: BPaaS戦略の成否は、M&Aの成功に大きく依存する。買収した企業のPMIが計画通りに進まず、期待したシナジーを創出できない場合、のれんの減損といった形で財務に悪影響を及ぼす可能性がある。ミナジン買収後の具体的なシナジー効果に関する開示が待たれるところだ。
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人材の確保と定着: 事業の急拡大に伴い、優秀なエンジニアやBPaaSコンサルタントなどの専門人材の確保が持続的な成長の鍵となる。人材獲得競争の激化は、採用コストや人件費の上昇に繋がる可能性がある。
直近ニュース・最新トピック解説
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社名変更(Chatwork→kubell): 2024年7月1日、同社はkubell株式会社へと商号を変更した。これは、単なるビジネスチャットの会社から、中小企業の成長を多角的に支援するBPaaSカンパニーへと進化する決意の表れである。「薪をくべる」という言葉から着想を得ており、中小企業の成長の炎を燃え上がらせる存在になるという想いが込められている。この社名変更は、同社の事業戦略の転換点を象徴する重要なイベントと言える。
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業績の黒字化達成: 2023年第4四半期決算において、EBITDAの黒字化を達成したことは市場にポジティブなサプライズを与えた。これまで成長期待で評価されてきた同社が、収益性も伴う企業へと変貌を遂げつつあることを証明した形だ。今後の通期黒字化と利益成長への期待が、株価を押し上げる重要なカタリストとなり得る。
総合評価・投資判断まとめ
kubell(旧Chatwork)は、単なるビジネスチャットツール提供企業から、日本の労働人口の大多数を占める中小企業の生産性向上を根幹から支える、社会的意義の大きなプラットフォーム企業へと変貌を遂げようとしている。
ポジティブ要素
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圧倒的な顧客基盤: 国内利用者数No.1のChatworkがもたらす強力なネットワーク効果と、中小企業への深いリーチ。
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巨大な成長市場: 未開拓領域の大きい中小企業DX市場という、構造的な追い風。
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明確な成長戦略: Chatworkを基盤としたBPaaSへの展開という、説得力のある成長ストーリーと、それを裏付ける中期経営計画。
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収益性の改善: 先行投資フェーズを経て、売上高の高成長とEBITDA黒字化という「刈り取り期」の入り口に立ったこと。
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強力な経営陣: プロダクトを熟知した創業者CEOと、M&A・ファイナンスのプロであるCFOによるバランスの取れた経営体制。
ネガティブ要素(懸念点)
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M&A戦略の実行リスク: BPaaS戦略の成功はM&Aの成否に依存しており、PMIが計画通りに進むか注視が必要。
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中小企業市場への依存: 景気後退局面における中小企業のIT投資意欲の減退リスク。
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海外展開の不透明性: 国内市場に成長余地は大きいものの、将来的な成長のアップサイドポテンシャルとして海外展開の具体的な戦略が見えない点。
総合判断
kubellは、安定したサブスクリプション収益を誇るコミュニケーションプラットフォーム事業を「守り」の基盤とし、広大な中小企業市場を舞台にBPaaS事業という強力な「攻め」の武器を手に入れた。業績はまさに成長の踊り場を抜け、新たな収益化フェーズへと移行しつつある。
もちろん、M&Aの成否や景気動向といったリスクは存在する。しかし、それを補って余りあるほどの事業基盤の強固さと、市場のポテンシャル、そして経営戦略の明確さがある。
「ビジネスチャットのChatwork」という過去の姿で同社を評価するのは、もはや適切ではない。中小企業のDX化という不可逆的なメガトレンドのど真ん中に位置し、「ビジネス版スーパーアプリ」という壮大なビジョンを掲げるプラットフォーマー、kubell。その第2の創業期は、始まったばかりだ。ここからの非連続な成長に賭けることは、日本の未来を支える中小企業の成長に投資することと同義であり、長期的な視点に立てば、非常に魅力的な投資機会となり得るだろう。


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