鎌倉から放たれる「面白さ」の衝撃波
2025年11月13日、東証グロース市場に上場する「面白法人カヤック(3904)」が発表した2025年12月期第3四半期の決算と、それに伴う通期業績予想の大幅な上方修正は、多くの投資家に衝撃を与えました。経常利益予想は一気に50%も引き上げられ、株価もこれに鋭く反応しました。
好調の要因は、主力であるハイパーカジュアルゲーム(ハイカジ)の好調さに加え、これまで「未来への投資」と見られていた「ちいき資本主義」セグメントが、前年同期比70%超という驚異的な成長を遂げたことにあります。
しかし、カヤックという企業を「ゲーム株」や「地方創生関連株」という既存の枠組みだけで分析しようとすると、その本質を見誤ります。
なぜなら、この企業の競争優位性の源泉は、事業内容そのものよりも、**「面白法人」**という、一見すると非合理的で、ふざけているとさえ思われかねない独自の企業理念と、そこから生み出される特異な組織文化にあるからです。
「サイコロで給料(の一部)が決まる」「全社員が人事部」「鎌倉に本社を置く」。これらは全て、カヤックが実践する経営手法です。
本記事は、この「面白法人カヤック」という日本市場でも類を見ない異端の企業について、そのふざけた皮(ガワ)を一枚一枚剥がしていき、その奥にある「最強のビジネスモデル」としての合理性、そして投資対象としての「本質的な価値」を、約3万文字のボリュームで徹底的にデューデリジェンス(DD)するものです。
この記事を読み終えた時、あなたは「面白さ」が日本最強の無形資産であり、最も合理的な経営戦略の一つであることを、深く理解することになるでしょう。
【企業概要】鎌倉に集う「面白法人」の正体
面白法人カヤックとは?
カヤックは、単なるWeb制作会社でも、ゲーム会社でもありません。彼ら自身は自らを**「面白法人」**と定義しています。これは、企業の存在意義そのものを「面白さ」という価値基準で貫くという宣言です。
彼らのコーポレートサイトには、事業内容よりも先に、この「面白法人」という概念が紹介されています。
面白法人カヤック 会社サイト https://www.kayac.com/
設立と沿革:3人の創業者と鎌倉へのこだわり
株式会社カヤックは、1998年8月に、貝畑政徳氏、柳澤大輔氏、久場智喜氏の3名によって「合資会社カヤック」として設立されました。社名の「カヤック(KAYAC)」は、3名の苗字の頭文字(Kaihata, Yanasawa, Cuba)から取られています。
特筆すべきは、創業からわずか3年後の2001年、多くのIT企業が渋谷や六本木を目指す「ビットバレー」の喧騒を横目に、彼らは本社を神奈川県鎌倉市に移転したことです。これは、単なるコスト削減やオフィスの立地という問題ではなく、「自分たちが面白く働ける環境」を最優先する、カヤックの経営姿勢を象徴する最初の大きな意思決定でした。
その後、2005年に株式会社へ組織変更し、2014年12月には東京証券取引所マザーズ市場(現グロース市場)へ上場を果たします。上場企業でありながら「面白法人」を名乗り続けるその姿勢は、上場後も一切変わっていません。
経営理念:「つくる人を増やす」という根源的ビジョン
カヤックが掲げる経営理念は、**「つくる人を増やす」**という、非常にシンプルかつ力強いものです。
これは、単に「クリエイターを採用する」という意味に留まりません。カヤックの考える「つくる人」とは、職種や役職に関わらず、主体的に考え、行動し、新しい価値を生み出そうとする全ての人のことを指します。
クライアント、ユーザー、社員、そして株主までも「つくる人」の当事者として巻き込み、世の中に「つくる人」の総量を増やすことこそが、カヤックの社会に対する最大の貢献であると定義しています。
「面白法人」の定義:それは“理念”であり“戦略”である
では、カヤックの言う「面白さ」とは何でしょうか。 それは、単なる「ウケ狙い」や「楽しさ(Fun)」ではありません。彼らの定義する「面白さ(Interest)」とは、「興味を引く」「意義がある」という、より深く、本質的な価値を指します。
彼らにとって「面白さ」は、企業理念であると同時に、極めて合理的な経営戦略でもあります。
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採用戦略として: 「面白法人」という旗印は、画一的な働き方を嫌い、主体性を持ち、新しいことを生み出したいという、極めて優秀な「つくる人」を引き寄せる強力なマグネット(採用ブランディング)として機能します。
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事業戦略として: 「これは面白いか?」という問いが、全ての事業判断の基準となります。これにより、他社がやらないようなニッチな領域や、常識を疑うような新しいアイデアが生まれやすくなります。
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組織戦略として: 社員が「面白がって」主体的に働く環境(後述する「ぜんいん人事部」など)を整備することが、結果として生産性の向上とイノベーションの創出、そして離職率の劇的な低下につながっています。
「面白法人」とは、優秀な人材を集め、その才能を最大限に発揮させ、他社には真似できない(あるいは、真似しようとすら思わない)独自のアウトプットを生み出し続けるための、最強の「組織OS」なのです。
【コーポレートガバナンスと資本】
経営体制:柳澤氏のリーダーシップと公認会計士CFOによる支え
カヤックの経営は、創業者であり現代表取締役CEOの柳澤大輔氏の強力なビジョンによって牽引されています。ソニー・ミュージックエンタテインメント出身の同氏は、卓越したクリエイターであると同時に、そのビジョンを組織に実装する稀有な経営者でもあります。
一方で、その独創的な経営を支える「守り」の要が、CFO(最高財務責任者)である吉田恒徳氏です。同氏は公認会計士であり、大手監査法人トーマツにてIPO支援などに従事した後、2011年にカヤックに入社。2014年のマザーズ上場プロジェクトをCFOとして牽引しました。
「面白さ」という感性的な価値を追求する柳澤CEOと、「上場企業としての規律」を担保する吉田CFO。この両輪がバランスよく機能していることが、カヤックが「上場企業」と「面白法人」という二つの顔を両立できている大きな要因です。
カヤック 役員紹介(吉田 恒徳) https://www.kayac.com/team/yoshida-tsunenori
リスク管理体制:独自文化を支えるガバナンス
カヤックは、そのユニークな企業文化とは裏腹に、上場企業としてのガバナンス体制を堅実に整備しています。「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」によれば、リスク管理委員会を設置し、全社的なリスク(事業リスク、財務リスク、法務リスク等)を一元的に管理する体制を整えています。
特に、カヤックが最大のリスクとして認識している「人材の採用と育成」については、後述する独自の組織制度そのものが、リスクヘッジの仕組みとして機能しています。
カヤック コーポレート・ガバナンス報告書(IRライブラリ内) https://www.kayac.com/ir/library
人的資本:平均年齢・勤続年数から見る組織の新陳代謝
2024年12月期の有価証券報告書によれば、カヤック(単体)の人的資本に関するデータは以下の通りです。
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平均年齢:36.0歳
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平均勤続年数:6.7年
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平均年間給与:6,400,000円
IT・クリエイティブ業界としては、平均年齢はやや高め、勤続年数は長めと言えるかもしれません。これは、新卒採用と中途採用のバランスが取れていること、そして一度「面白法人」の文化にフィットした人材が、長期にわたってそのクリエイティビティを発揮し続けている(=定着率が高い)ことを示唆しています。
この「定着率の高さ」こそが、カヤックの組織力の強さを物語る重要な指標の一つです。
【ビジネスモデルの詳細分析】
カヤックの事業は、大きく5つのセグメントに分類されます。一見すると多角化しすぎているようにも見えますが、その根底には「面白さ」と「クリエイティビティ」という共通項が存在します。
収益の柱:5大セグメントの解剖
① 面白プロデュース事業:「バズ」の請負人
カヤックの祖業とも言える事業であり、クライアント企業の課題を「面白く」解決するための広告、プロモーション、ブランディングを企画・制作する、いわゆるクライアントワーク(受託)事業です。
しかし、彼らの手法は一般的な広告代理店や制作会社とは一線を画します。Webサイト、SNSキャンペーン、WebCM、アプリ開発、AR/VRコンテンツ、さらには「うんこミュージアム」のようなリアルな空間プロデュースまで、手段を問わず「バズる(話題になる)」こと、そしてクライアントのブランド価値を高める「既成概念を壊すアイデア」を提供することに強みを持ちます。
カヤック 面白プロデュース事業紹介 https://www.kayac.com/service/client
② ゲームエンタメ事業:ハイカジと「ぼくらの甲子園!」
スマートフォン向けゲームの開発・運営事業です。このセグメントは大きく二つの柱で構成されています。
一つは、「ぼくらの甲子園!」シリーズに代表される、特定のファンコミュニティに深く愛されるコミュニティゲーム。長期にわたる運営ノウハウが蓄積されています。
もう一つが、近年の業績を牽引する**ハイパーカジュアルゲーム(ハイカジ)**です。「Park Master」など、企画から開発、広告制作までを高速で回し、世界中で大量のダウンロードを獲得。2021年・2022年と2年連続で「世界アプリダウンロード数 日本企業1位」を獲得するなど、カヤックの技術力と企画力をグローバル市場で証明しました。
③ eスポーツ事業:日本初のeスポーツ上場企業とのシナジー
2022年11月、カヤックの子会社であったウェルプレイド・ライゼスト(WPRZT / 9565)が、日本初の「eスポーツ専業会社」として東証グロース市場に上場しました。 (※注:ウェルプレイドとライゼストが2021年に合併し誕生)
カヤック本体は、WPRZTとの連携を深めながら、eスポーツ大会の企画・運営・配信や、誰でも簡単にeスポーツ大会を開催できるプラットフォーム「Tonamel(トナメル)」の運営を通じて、eスポーツ市場の拡大を牽見引しています。
ウェルプレイド・ライゼスト株式会社 https://wellplayed-rizest.jp/
④ ちいき資本主義事業:社会課題を「面白く」解決する
カヤックが本社を置く鎌倉での地域活動から派生した、社会課題解決型ビジネスです。このセグメントは、今、カヤックの中で最も急成長している領域です。
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移住スカウトサービス「SMOUT(スマウト)」: 地域(自治体や企業)が、移住・関係人口に興味のあるユーザーを「スカウト」できる、逆求人型のマッチングプラットフォームです。
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コミュニティ通貨「まちのコイン」: 「お金で買えないしあわせ」を軸にした地域通貨サービス。SDGsに貢献する活動や、地域の人との交流(例:ビーチクリーンに参加する、店主と雑談する)を通じてコイン(ポイント)が得られ、それを利用できる仕組み。法定通貨では測れない「地域のつながり」を可視化・促進します。
移住スカウトサービス「SMOUT」 https://smout.jp/
コミュニティ通貨「まちのコイン」 https://coin.machino.co/
⑤ その他サービス
上記の4つに分類されない新規事業や、ブライダルプラットフォーム「プラコレWedding」などへの投資・支援事業が含まれます。カヤックにとっての「未来の面白さの種」が育つ実験場と言えます。
カヤックの「バリューチェーン」:アイデアは如何にして利益を生むか
カヤックの価値創造プロセス(バリューチェーン)の源泉は、間違いなく「アイデアの創出」フェーズにあります。
価値の源泉:「ブレスト」と「面白がる」文化
カヤックでは、職種や年次に関わらず「ブレスト(ブレインストーミング)」が日常的に行われます。代表の柳澤氏自身が「ブレストこそがカヤックのコアコンピタンス」と公言しており、社員全員が「面白がる」ことを仕事の前提としています。
この「面白がる」文化が、クライアントワーク(面白プロデュース事業)では他社の真似できない企画を生み、自社サービス(ゲームやちいき資本主義)では新しい市場を創造する原動力となります。
開発プロセス:「プロジェクトチーム制」と迅速なリソース配分
カヤックは、事業の成長スピードや状況変化に合わせ、迅速にリソース(人材)を配分できる「プロジェクトチーム制」を採用しています。これにより、特定の事業部に人材が固定化される「サイロ化」を防ぎ、社内のクリエイター(エンジニア、デザイナー、プランナー)が複数のプロジェクトを横断的に関わることを可能にしています。
この柔軟な組織運営が、例えば「面白プロデュース事業で培ったAR技術を、ゲーム事業やeスポーツ事業に応用する」といったセグメント間のシナジーを円滑に生み出しています。
収益化:「受託」と「自社」の垣根のなさ
柳澤代表は、「自社サービスと受託(クライアントワーク)を区別しない」と語っています。
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クライアントワークで得た最新技術やトレンドの知見を、自社サービス開発に活かす。
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自社サービス開発で培った技術(例:ハイカジの高速開発ノウハウ)を、クライアントワークのソリューションとして提供する。
この「受託」と「自社」の好循環こそが、カヤックのビジネスモデルの核心です。どちらか一方だけでは、アイデアも技術も枯渇してしまいます。この両輪を回し続けることで、カヤックのクリエイティビティは常にアップデートされ、収益源も多様化しています。
圧倒的競合優位性:「面白法人」という参入障壁
なぜカヤックは「営業なし」でナショナルクライアントに選ばれるのか
カヤックには、いわゆる「営業専門」の部署が(かつては)存在しませんでした。現在も、一般的な企業に比べるとその比重は極めて小さいと言われています。
では、なぜサントリー、日清食品、Meta、JRA、講談社といったナショナルクライアントや、佐賀県のような自治体からの依頼が絶えないのでしょうか。
その答えは、彼らが「営業」の代わりに、「アウトプット(実績)」と「企業文化(面白法人)」で営業しているからです。
カヤックが世に送り出すユニークなキャンペーンやサービス(後述する「うんこミュージアム」や「スマ4D」アプリなど)が話題になるたび、それを見たクライアントから「うちも、ああいう面白いことをやりたい」と声がかかるのです。
この「プル型」のビジネスモデルは、カヤックのクリエイティビティが市場(クライアント)から常に求められている証拠であり、価格競争に陥らない高い利益率を確保する源泉となっています。
カヤックの「受賞歴」がそのクリエイティブの高さを証明している https://www.kayac.com/service/award
競合不在のポジション:カヤックという「ジャンル」
カヤックの競合は誰でしょうか?
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「面白プロデュース事業」では、電通や博報堂、あるいはチームラボや中小のデジタルブティックが競合に見えます。
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「ゲーム事業」では、他のゲームデベロッパーやパブリッシャーが競合です。
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「ちいき資本主義事業」では、自治体コンサルや他の移住サービスが競合です。
しかし、これら全てを高いレベルで(しかも「面白法人」という一つの思想で)実行できる企業は、日本市場においてカヤック以外に見当たりません。
カヤックは、大手代理店とデジタルブティックの「企画力」、ゲーム会社の「開発力・技術力」、そしてコンサルファームの「社会課題解決力」を併せ持つ、唯一無二のポジションを確立しています。
「カヤックにしか頼めない仕事」が存在すること。これこそが最強の参入障壁です。
鎌倉本社の戦略的意味:クリエイティビティと採用ブランディング
前述の通り、カヤックは2001年から鎌倉に本社を置いています。 都心から離れることのデメリット(通勤、クライアントとの距離)よりも、彼らはメリットを選びました。
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クリエイティビティの源泉: 満員電車や都会の喧騒から離れ、自然豊かな環境で働くことが、社員のストレスを軽減し、自由な発想を促す。
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採用ブランディング: 「鎌倉で働く」というライフスタイルそのものが、カヤックの価値観(面白く働く)に共感する優秀な人材を引き寄せるフックとなります。
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地域との一体化: 鎌倉という地域に深く根ざすことが、「ちいき資本主義事業」というカヤック独自のビジネスを生み出す土壌となりました。
鎌倉本社は、単なる「場所」ではなく、カヤックの企業文化そのものを体現する「戦略的資産」なのです。
【直近の業績・財務状況】(定性分析)
カヤックは2025年11月13日、2025年12月期第3四半期(1〜9月)の決算を発表しました。その内容は「絶好調」の一言であり、四半期ベースで過去最高の売上高・営業利益を更新。通期の業績予想も大幅に上方修正されました。
カヤック 2025年11月13日発表 決算説明資料(IRライブラリ内) https://www.kayac.com/ir/library
ここでは、その数字の背景にある「質(定性的な要因)」を徹底的に分析します。
2025年3Q、過去最高益の「質」を問う
今回の決算が市場にポジティブサプライズを与えた最大の理由は、特定の事業が「まぐれ当たり」したのではなく、複数の事業が同時に、かつ構造的に成長していることが確認できた点にあります。
なぜ上方修正に至ったか:ハイカジと「ちいき資本主義」の同時開花
上方修正の背景にあるのは、大きく分けて二つの要因です。
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**ゲームエンタメ事業(ハイカジ)**が、新作のヒットと収益性改善(広告モデルの最適化)により、安定したキャッシュカウとして機能し始めたこと。
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ちいき資本主義事業が、これまで(赤字覚悟の)先行投資フェーズであったにもかかわらず、急激なトップライン(売上高)の伸びを見せ、収益化への道筋が明確に見え始めたこと。
これまで「面白プロデュース」と「ゲーム」という二本柱で支えられてきた収益構造に、「ちいき資本主義」と「eスポーツ」という新たな成長ドライバーが明確に加わったのです。
ゲームエンタメ(売上高:前年同期比 +19.3%)
ハイカジは、第3四半期に新作3本(『Spring Lancer』『Grapple Hook Hero』『ChainHavoc』)をリリース。これがヒットし、ダウンロード数(先行指標)は直前四半期比で約15%増と、過去最高を更新しました。
重要なのは、単にダウンロード数が増えただけでなく、「薄利多売」と言われるハイカジのビジネスモデルにおいて、収益性を改善する取り組みが奏功している点です。 カヤックは2025年9月、ゲーム内音声広告のスタートアップ「Odeeo」への出資を発表しました。Odeeoの技術を導入した結果、ゲームの継続率(プレイヤー体験)を損なわずに、広告収益が約4%増加したと報告されています。
「量を稼ぐ」ハイカジにおいて、「質(収益性)」の改善が進んでいることは、この事業が今後も安定した収益源となることを示唆しています。
カヤック、Odeeoへの出資に関するプレスリリース(2025/09/11) https://www.kayac.com/news/2025/09/cvc
ちいき資本主義(売上高:前年同期比 +74.0%)
今回の決算で最も注目すべきセグメントです。 移住スカウトサービス「SMOUT」の累計登録ユーザー数は約7.8万人(直前四半期末比 +8.2%)と順調に拡大。導入地域数も増加しており、プラットフォームとしての価値が指数関数的に高まるフェーズに入っています。
この事業は、単なる「移住ブーム」に乗ったものではありません。コロナ禍を経て定着したリモートワークや、都市部一極集中への問題意識という、日本の構造的な社会課題を背景にしています。「SMOUT」や「まちのコイン」は、その課題に対する「面白い」解決策として、多くの自治体やユーザーから支持を集め始めています。
74%という成長率は、この領域がカヤックの「未来の柱」になることを強く予感させます。
面白プロデュース(売上高:前年同期比 -8.0%)
このセグメントは減収となりましたが、決算資料では「季節要因や大型案件の進行による短期的な増減」と説明されています。
むしろ注目すべきは、その中身です。カヤックは「既存のデジタル広告領域にとどまらない多様な案件が増加」しており、「クライアントの新製品開発を支援する高付加価値な領域にも進出している」と述べています。
これは、単なる「広告屋さん」から、クライアントの事業の根幹(プロダクト開発やブランディング)に入り込む「ビジネスパートナー」へと、その役割がシフトしていることを意味します。短期的には売上の凹凸が出ても、中長期的には利益率の高い、質の良い受注が増えていると推察されます。
eスポーツ(売上高:前年同期比 +7.1%)
子会社WPRZTが主導するこの事業も堅調です。 大会プラットフォーム「Tonamel」の大会開催数は、特にTCG(トレーディングカードゲーム)のコミュニティに深く浸透し、直前四半期比で8.3%増加しました。
eスポーツ市場そのものの拡大という追い風もありますが、「Tonamel」が大会主催者(コミュニティ)とプレイヤーにとって「なくてはならない」インフラとしての地位を固めつつあることが、この数字に表れています。
【市場環境・業界ポジション】
カヤックは、複数の異なる市場で事業を展開しています。それぞれの市場環境と、その中でのカヤックのユニークな立ち位置を分析します。
カヤックが戦う4つの市場
① デジタル広告市場:「バズ」から「ブランディング」へ
面白プロデュース事業が属する市場です。 かつては「バズ(話題性)」だけが求められる風潮もありましたが、近年はSNSの炎上リスク管理や、短期的なバズよりも中長期的なファンを作る「ブランディング」の重要性が再認識されています。
カヤックは、その両方に対応できる稀有な存在です。炎上すれすれの際どい企画(褒め言葉です)から、クライアントの理念に深く寄り添うブランディングムービーまで、その引き出しの多さが強みです。
② ゲーム市場:ハイカジの「薄利多売」モデルと音声広告の可能性
ハイカジ市場は、全世界で「いかに多くのユーザーに、いかに多くの広告を見てもらうか」という、非常にシビアな競争が繰り広げられています。 カヤックの強みは、この市場で「2年連続DL数日本一」を獲得した開発力と運用ノウハウです。
前述のOdeeo(音声広告)への出資は、この「薄利多売」モデルの収益性を改善する重要な一手であり、市場のゲームチェンジャーになる可能性を秘めています。
③ eスポーツ市場:WPRZTと目指す「地方創生×eスポーツ」の未来
eスポーツ市場は日本国内でも急速に成長していますが、カヤックが単なる「ゲーム大会屋」で終わるつもりがないのは明らかです。 カヤックの柳澤代表は、WPRZTの上場に際し、「eスポーツと地方創生」の可能性について言及しています。
例えば、eスポーツの大会を地方都市で開催することで、若者の交流人口を増やし、地域の活性化につなげる。これは、「eスポーツ事業」と「ちいき資本主義事業」を持つカヤックだからこそ描ける、独自の成長戦略です。
WPRZTの親会社・カヤックがeスポーツを再成長ドライバーに位置づける理由 (GameBusiness.jp) https://www.gamebusiness.jp/article/2023/04/19/21615.html
④ Web3/メタバース市場:KDDI「αU」との連携
カヤックは、メタバースやWeb3といった先端技術領域にも積極的に投資しています。 特にKDDIが推進するメタバース・Web3サービス「αU(アルファユー)」においては、カヤックが企画・開発のパートナーとして深く関わっています。
これは、カヤックの技術力と企画力が、通信キャリアという巨大資本からも信頼されている証拠であり、未来のインターネット空間(メタバース)においても、カヤックが重要なプレイヤーであり続けることを示しています。
KDDIメタバース「αU」とカヤックの連携 (カヤック ニュース) https://www.kayac.com/news/2023/04/metaverse
異端のポジショニング:「アイデア×技術×社会課題」の交差点
前述の通り、カヤックは複数の市場にまたがっていますが、そのポジショニングは極めてユニークです。
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大手広告代理店は「社会課題(ちいき資本主義)」や「ゲーム開発(ハイカジ)」を自社で深く手掛けることは稀です。
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大手ゲーム会社は「広告(面白プロデュース)」や「eスポーツ運営」を主軸にはしません。
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自治体コンサルは「メタバース」や「バズるCM」をつくれません。
カヤックは、これら「アイデア(広告)」「技術(ゲーム・メタバース)」「社会課題(地方創生)」という、通常は交わらない領域の「交差点」に、唯一の企業として立っています。
これがカヤックの「競合不在」の源泉であり、クライアントが「これはカヤックにしか頼めない」と考える理由です。
【技術・製品・サービスの深堀り】
カヤックの強みは、その「企画力(アイデア)」と、それを具現化する「技術力(開発力)」が、社内で高いレベルで両立している点にあります。ここでは、その具体的なアウトプットを深掘りします。
① 面白プロデュース事業:バズ事例にみる技術力と企画力
カヤックの「実績一覧」ページは、日本のデジタルクリエイティブの歴史そのものと言っても過言ではありません。その中から、カヤックの「らしさ」が表れた事例をいくつか抜粋します。
カヤック 実績一覧 https://www.kayac.com/service
事例:サントリー「社長のおごり自販機」
サントリーと共同開発した、社員2人が同時にカードをタッチすると飲み物が無料になる、という特殊な自動販売機。 これは単なる「変わった自販機」ではなく、「社内コミュニケーションの活性化」というクライアント(サントリー)の課題を、「面白く」解決したソリューションです。リアルなプロダクト開発と、企業の組織課題解決を両立させたカヤックの真骨頂と言える事例です。
事例:Meta「Meta Quest 3 コンセプトムービー」
Meta社の最新VR/MRヘッドセット「Meta Quest 3」のコンセプトムービーを制作。 これは、カヤックがAR/VR/MRといった最先端技術の社会実装において、トップランナーの一社であることを示しています。KDDIの「αU」といい、カヤックはメタバース領域で確実に「つくる人」としての地位を確立しています。
事例:うんこミュージアム
「うんこ」という万国共通のタブー(であり、誰もが関心を持つテーマ)を、エンターテインメント空間に昇華させたプロジェクト。 これはもはや「広告」ではなく「事業開発」です。カヤックは、クライアントワークで培った「空間プロデュース」と「ブランディング」のノウハウを活かし、自ら(パートナー企業と共に)リスクを取って「たのしいミュージアム」という別会社を設立し、事業を大成功に導きました。
事例:佐賀県「ベルサイユのさがーばら」
佐賀県の自虐的なプロモーション「サガプライズ!」。その中でも「ベルサイユのばら」とコラボした本企画は、地方自治体PRの常識を打ち破り、大きな話題となりました。 「ちいき資本主義」事業の原点とも言える、地域プロモーションにおけるカヤックの企画力の高さが伺えます。
事例:「貞子3D2」スマ4D公式アプリ
2013年の事例ですが、カヤックの技術力を語る上で欠かせません。 映画『貞子3D2』の公開時、映画の「音」にスマートフォンが反応し、上映中に「電話がかかってくる」「フラッシュが光る」「振動する」といった恐怖体験を、劇場全体で同時に引き起こすアプリを開発しました。 これは「映画」という閉じられた体験を、テクノロジー(音響認識)によって「拡張」した、世界でも類を見ない試みでした。
これらの実績から分かる通り、カヤックは「言われたものをつくる」制作会社ではなく、「課題を解決するために、技術とアイデアで新しい体験をつくりだす」発明家集団なのです。国内外での数々の受賞歴が、その「質」を客観的に証明しています。
② ゲームエンタメ事業:ハイカジ開発の裏側
2年連続DL数日本一の秘密
カヤックがハイカジ市場で成功した要因は、企画力もさることながら、その「開発スピード」と「広告運用ノウハウ」にあります。
ハイカジは、企画・プロトタイプ開発・広告制作・テストマーケティングというサイクルを、わずか数週間(時には数日)で回す必要があります。 カヤックは、「面白プロデュース事業」で培った高速なプロトタイピング力と、ゲーム事業で培った開発力を融合させることで、この高速サイクルを実現しました。
収益モデル:「広告収益の差額」とOdeeo出資による改善
ハイカジのビジネスモデルは、非常にシンプルです。 「1ユーザーを獲得するための広告コスト(CPI)」よりも、「そのユーザーがゲーム内で生涯見てくれる広告収益(LTV)」が上回れば、利益が出ます。
カヤックは当初、この「薄利多売」モデルで大量のダウンロード(量)を稼ぎました。そして今、Odeeo(音声広告)への出資のように、LTVを高める(質)施策に移行しています。これは、ハイカジ事業が「一発屋」ではなく、持続的な収益事業へと進化していることを示しています。
③ ちいき資本主義事業:「まちのコイン」と「SMOUT」
「まちのコイン」:法定通貨で測れない価値の経済圏
「まちのコイン」は、カヤックの理念「つくる人を増やす」を地域社会で実現する仕組みです。 2023年11月時点で25地域に導入され、ユーザーは約8.6万人。ビーチクリーンに参加したり、地域のイベントを手伝ったりするとコインがもらえ、そのコインで地元のカフェのコーヒーが飲めたりする。
これは、法定通貨(円)では評価されにくい「善意」や「地域貢献」を可視化し、循環させる「新しい資本主義」の実験です。普及すればするほど、その地域の「社会関係資本(つながり)」が増加し、結果として地域が魅力的になる(=SMOUTでの移住者も増える)という、完璧なエコシステムを設計しています。
「SMOUT」:「スカウト型」移住マッチングの優位性
「SMOUT」の優位性は、従来の「求人広告型(待つ)」サービスとは異なり、地域側から移住希望者へ積極的にアプローチできる「スカウト型」である点です。
これにより、まだ自分のやりたいことが明確になっていない潜在的な移住希望者と、彼らに「こんな仕事がある」と提案したい地域との、ミスマッチを防ぐことができます。 今期+74%という急成長は、この仕組みが多くの自治体や企業から「本当に使える」と評価された結果です。
【経営陣・組織力の評価】
カヤックの最大の無形資産は、その「組織文化」と、それを生み出し続ける「仕組み」、そして率いる「経営陣」にあります。
カリスマと仕組み:柳澤大輔CEOの経営思想
柳澤代表の経歴:ソニーから鎌倉へ
CEOの柳澤氏は、慶應義塾大学を卒業後、ソニー・ミュージックエンタテインメントに入社。しかし、学生時代の友人(共同創業者)と共に、自ら「面白い」ことを仕掛けるため、カヤックを設立しました。 「大企業」の論理と「クリエイター」の感性を両方知る同氏だからこそ、「面白法人」という一見破天荒な組織を、「上場企業」としてマネジメントできるのです。
ビジョン:「何をするかより、誰とするか」
柳澤氏が創業以来、一貫して大切にしている価値観がこれです。 カヤックの事業は多岐にわたりますが、それは「儲かりそうだから」始めたのではなく、「この仲間となら面白いことができるから」始めた結果です。 この思想が、「ファストパス(社員紹介採用制度)」や「ぜんいん人事部」という独自の仕組みに直結しています。
経営哲学:「オリジナリティ」と「既存のものの組み合わせ」
柳澤氏はインタビューで、「新しいものとは、既存のものと既存のものの組み合わせで生まれる」と語っています。 「貞子×スマホ」「eスポーツ×地方創生」「うんこ×ミュージアム」…。 カヤックが生み出す価値の本質は、この「組み合わせの妙」にあります。そして、その「組み合わせ」のパターンを無限に生み出す源泉が、多様なバックグラウンドを持つ「つくる人」が集まる組織そのものなのです。
柳澤大輔氏 インタビュー(ドリームゲート) https://www.dreamgate.gr.jp/contents/case/interview/35822
経営陣:CFO 吉田恒徳氏の役割
前述の通り、CFOの吉田氏は監査法人出身の公認会計士です。 柳澤CEOが「アクセル(面白さ、ビジョン)」だとすれば、吉田CFOは「ブレーキ(ガバナンス、財務)」であり、同時に「高性能なエンジン(IPOによる資金調達、M&A戦略)」の役割も担っています。
「面白さ」という定性的な価値を、「持続的な利益成長」という定量的な結果に結びつける上で、同氏の存在は不可欠です。
最強の競争優位性:「ぜんいん人事部」という組織OS
カヤックの組織力を象徴するのが、そのユニークすぎる人事・組織制度です。これらは「奇をてらった」ものではなく、「つくる人を増やす」という理念を合理的に実現するための「仕組み」です。
カヤックの制度・行事 https://www.kayac.com/company/institution
なぜ離職率は劇的に改善したか?
カヤックは、「みんなの100日プロジェクト」など、社員同士の相互理解を深め、助け合う風土を醸成する施策を地道に続けてきました。 その結果、社員のエンゲージメントスコアは(ある調査で)「40」から「67」へと大幅に上昇し、**「離職率を劇的に改善」**させることに成功したと報告されています。
「サイコロ給」:運と評価の哲学
毎月の給料日に、全社員がサイコロを振り、「基本給 ×(サイコロの出目)%」が賞与に上乗せされる制度。 これはふざけているのではなく、「人の評価は、完璧に公平ではありえない。だからこそ、評価できない『運』の要素を、あえて給与に組み込む」という、評価制度に対する深い哲学の表れです。
「月給ランキング」:社員の相互評価
半年に一度、全社員が「自分が社長だったら、全社員を報酬順に並べなさい」という問いのもと、相互に投票し、そのランキング結果が月給に反映される制度。 「上司による一方的な評価」ではなく、「仲間(現場)からの多面的な評価」を重視する。これは、非常に透明性が高く、納得感のある評価制度と言えます。
「ファストパス」:全社員リクルーター化
社員は「一緒に働きたい」と思う友人・知人に「ファストパス」というカードを渡すことができます。これを受け取った人は、書類選考が免除されます。 これは「何をするかより、誰とするか」という理念を、採用活動に落とし込んだ仕組みです。「面白法人」の価値観にフィットする人材を、社員自身が見つけてくる。これほど強力なリクルーティングはありません。
エンゲージメントスコア「40→67」の衝撃
これらの施策の結果、カヤックの従業員エンゲージメント(会社への愛着や貢献意欲)は、他社を圧倒するレベルに達しています。 社員が「この会社は自分たちがつくっている」と当事者意識を持つこと。これこそが、カヤックが「面白プロデュース」や「ハイカジ」を生み出し続ける、無尽蔵のエネルギー源なのです。
【中長期戦略・成長ストーリー】
カヤックは、2030年9月期(決算期変更を想定)に**「営業利益125億円」**という野心的な中期経営計画目標を掲げています。これは、直近(2025年12月期予想)の7.5億円(上方修正後)と比較しても、極めて高い成長を目指すものです。
※注:中期経営計画の目標数値は、過去の発表に基づくものであり、最新の状況や前提条件についてはIR資料でご確認ください。
30年9月期 営業利益125億円への道筋
この高い山を登るためのカヤックの戦略は、既存事業のオーガニックな成長に加え、「M&A」と「新規事業」の両輪を回すことです。
M&A戦略:WPRZTの成功モデル
カヤックはM&Aを「事業拡大の有効な手段」と位置づけています。 その最大の成功事例が、eスポーツのウェルプレイドとライゼストのM&A(及びその後の合併)です。 カヤックは、eスポーツという成長市場において、自らゼロから立ち上げるのではなく、すでに市場でトップを走っていた2社をグループに迎え入れ、彼らの「eスポーツ愛」を尊重しつつ、カヤックの経営リソース(財務、管理、開発力)を提供しました。
その結果、WPRZTは業績を立て直し、日本初のeスポーツ専業上場企業として花開きました。 この「M&A先企業のカルチャーを尊重し、シナジーを生み出す」という手法は、カヤックの「面白法人」としての懐の深さを示しており、今後も第二、第三のWPRZTが生まれる可能性を秘めています。
海外展開:ハイカジゲームのグローバルヒット
ハイカジ事業で「世界ダウンロード数日本一」を獲得した実績は、カヤックのクリエイティブと技術がグローバルで通用することの証明です。 今後もハイカジを安定した収益源としつつ、そこで得た知見(グローバルマーケティング、高速開発)を、他の事業(メタバース、eスポーツなど)の海外展開に活かしていくことが期待されます。
新規事業:「Web3・メタバース」領域への継続的投資
KDDI「αU」との連携は、その序章に過ぎません。 カヤックは、インターネットの「次」に来るもの(メタバース、Web3)に対して、常にアンテナを張り、先行投資を続けています。 これらの領域は、すぐに大きな利益を生むものではありませんが、数年後にインターネットの常識が変わった時、カヤックがその中心にいるための、重要な「未来へのチケット」です。
eスポーツと地方創生の融合
中長期で最も「カヤックらしい」成長ストーリーが、この二つの事業の融合です。
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「SMOUT」で地方への移住・関係人口を増やす。
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「まちのコイン」で、その地域のコミュニティを活性化する。
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そして、その地域で「WPRZT」がeスポーツの大会を企画・運営する。
これにより、若者が集まり、地域が盛り上がり、新たな雇用が生まれる。この「面白法人」にしか描けないシナリオが実現した時、カヤックの企業価値は、現在の数倍では収まらないレベルに達している可能性があります。
【リスク要因・課題】
これほどまでに独自性の高いビジネスモデルを持つカヤックですが、当然ながらリスクも存在します。投資家は、その「面白さ」の裏にある潜在的な課題を冷静に認識する必要があります。
外部リスク:市況変動の波
ハイカジ事業の「広告市況」依存リスク
ハイカジ事業の収益モデルは、現在、その大半を「広告収益」に依存しています。 これは、景気後退による企業の広告出稿費の削減など、「広告市況」の変動によって、カヤックの業績が直接的な影響を受けるリスクがあることを意味します。
Odeeo(音声広告)への出資などで収益源の多様化は図っていますが、ハイカジ事業の売上構成比が高い現状では、このリスクは常に意識する必要があります。
プラットフォーマー(Apple/Google)の規制変更リスク
ハイカジの広告モデルは、Apple(iOS)やGoogle(Android)といったプラットフォーマーの規約の上で成り立っています。 過去、Appleがプライバシー保護を理由に広告識別子(IDFA)の仕様を変更した際、多くのモバイル広告業界が混乱したように、プラットフォーマー側の(カヤックにはコントロールできない)規制やポリシー変更一つで、ハイカジ事業の収益性が根本から覆されるリスクもゼロではありません。
内部リスク:「面白さ」のジレンマ
最大のリスク:「人材の採用と育成」の困難さ
カヤック自身が、有価証券報告書などで「事業遂行上の主なリスク」として筆頭に挙げているのが、この**「人材の採用と育成」**です。
カヤックのビジネスモデルは、「面白法人」という理念に共感し、主体的に動ける優秀な「つくる人」が存在して、初めて成り立ちます。 IT業界全体で人材獲得競争が激化する中、「カヤックらしい」人材を、必要なだけ採用し、育成し、定着させ続けることができるか。これは、カヤックにとって永遠の課題であり、最大のリスクです。
ユニークな文化の「壁」:中途採用者の定着課題
「サイコロ給」「ぜんいん人事部」といったユニークすぎる組織文化は、強力な武器であると同時に、諸刃の剣でもあります。 カヤックの元人事部が公開したnote記事によれば、過去には「企業特殊性(firm-specific)」の壁が厚く、中途採用者(特に未経験者)がカヤックの文化に適応できず、定着に苦労した時期があったことが伺えます。
「全部自分から考えないと面白くないのでは?」というプレッシャー(6.1)が、主体性を重んじる文化に慣れていない人にとっては、過度なストレスになる可能性もあります。 現在は離職率の劇的な改善に成功していますが、企業規模が拡大する(多様な人材が増える)中で、この「面白さ」のカルチャーをいかに維持・発展させていくかは、経営の重要マターであり続けます。
【解説記事】人事未経験者を人事部に採用して失敗した結果わかったこと (カヤック人事部 note) https://note.com/kayac_hr/n/n6d389c79e1f6
「面白さ」の追求と「収益性」のバランス
カヤックは「面白さ」を最上位の価値基準に置いています。しかし、上場企業である以上、「株主への利益還元(収益性)」も同時に追求しなくてはなりません。
「面白いが、儲からない」プロジェクトと、「儲かるが、面白くない」プロジェクト。 この二律背反に直面した時、カヤックは常に「面白さ」を選ぶことで成長してきました。しかし、組織が大きくなり、株主からのプレッシャーが強まる中で、この「面白さ」の純度を保ち続けられるか。これは、カヤックの経営陣が常に問われ続ける問いです。
【直近ニュース・最新トピック解説】
2025年11月13日:通期業績予想の大幅上方修正
本記事の冒頭でも触れた、直近最大のトピックです。
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発表内容: 2025年12月期(通期)の連結業績予想を修正。
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修正内容(経常利益): 従来予想 5億円 → 新予想 7.5億円 (+2.5億円、**50.0%**の増益)
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理由: 第3四半期(7-9月)において、ハイパーカジュアルゲームが好調に推移し、ダウンロード数・収益性ともに想定を上回った。また、「ちいき資本主義」事業も順調に拡大したため。
カヤック 業績予想の修正に関するお知らせ(2025/11/13) https://www.kayac.com/ir/news
投資家の評価:理念先行から「実績」のフェーズへ
この上方修正が持つ意味は、単に「今期儲かった」ということ以上に、**「カヤックのビジネスモデル(特にハイカジとちいき資本主義)が、収益を生み出す『構造』として機能し始めた」**ことを示唆しています。
これまでカヤックは、そのユニークな企業文化から「理念先行型」の企業と見られることもありました。 しかし、今回の決算と上方修正は、その「理念(面白さ)」が、明確な「実績(利益)」となって表れた瞬間でした。
投資家は、カヤックが「面白いだけの会社」から、「面白さで儲ける術を知っている、したたかな成長企業」へと、その認識をアップデートする必要に迫られています。
【総合評価・投資判断まとめ】
3万文字にわたり、面白法人カヤックのビジネスモデル、優位性、リスクを徹底的に分析してきました。最後に、投資対象としてのカヤックの魅力を整理します。
投資魅力の源泉(ポジティブ要素)
① 独自文化による「高クリエイティビティ」と「高エンゲージメント」の両立
カヤックの最大の資産は、工場でも特許でもなく、「面白法人」という企業文化そのものです。 この文化が、外部からは「面白く」、常識破りな「クリエイティビティ(企画力・技術力)」を生み出し、内部(社員)に対しては「エンゲージメント(働きがい)」を高め、離職率を劇的に下げています。 この「正のスパイラル」は、他社が資本を投下しても決して真似できない、最強の参入障壁です。
② 多様な事業ポートフォリオとセグメント間シナジー
「面白プロデュース」「ゲーム」「eスポーツ」「ちいき資本主義」という、一見バラバラな事業が、「面白さ」という軸で連携しています。 特に「eスポーツ × 地方創生」や「広告 × メタバース」といった、セグメントを横断したシナジーが、カヤックにしか生み出せない独自の成長ストーリーを形成しています。
③ 「ちいき資本主義」という高成長・社会貢献型ビジネスの確立
今期+74%という成長を見せた「ちいき資本主義」事業は、カヤックの未来を担う最大の柱です。 「SMOUT」や「まちのコイン」は、単なるWebサービスではなく、日本の社会課題(地方の過疎化、コミュニティの希薄化)そのものを市場としています。 これは、事業規模が拡大すればするほど「社会が良くなる」という、ESG/SDGsの観点からも非常に評価の高いビジネスモデルです。
④ 柳澤氏の強力なビジョンと、それを支えるCFOの存在
創業CEOである柳澤氏の「面白さ」への強烈なこだわり(アクセル)と、それを上場企業として支える吉田CFOの「ガバナンス」(ブレーキ兼エンジン)のバランスが絶妙です。 この経営体制が続く限り、カヤックは「面白さ」と「収益性」という二兎を追い続けることができるでしょう。
懸念材料(ネガティブ要素)
① ハイカジ事業の収益安定性(広告依存リスク)
当面のキャッシュカウであるハイカジ事業は、その収益を「広告市況」と「プラットフォーマーの規制」という、二つの外部要因に大きく依存しています。 このセグメントの収益が(何らかの理由で)急減速した場合、全社の業績、ひいては「ちいき資本主義」などの未来への投資にも影響が及ぶ可能性があります。
② 組織文化の「特殊性」がスケール(規模拡大)の足枷になる可能性
カヤックが目指す「営業利益125億円」を達成するためには、現在(連結600名強)の数倍の組織規模になる必要があります。 しかし、あの濃密な「面白法人」のカルチャーを、数千人規模の組織で維持・浸透させ続けることは、極めて難易度の高い経営課題です。 規模の拡大(スケール)を追求する過程で、「面白さ」が希薄化してしまうジレンマは、カヤックが今後直面する最大の内部リスクです。
総合判断:「面白さ」は日本最強の無形資産である
面白法人カヤックは、従来の業種(IT、広告、ゲーム)という物差しでは測れない、「カヤック」という一つのジャンルを確立した企業です。
彼らの本質は「クリエイティブ企業」でさえありません。 カヤックは、**「面白さ」を追求する「つくる人」が、最高のパフォーマンスを発揮し、集まり続けるための『組織OS』を開発・運用する企業」**です。
「サイコロ給」や「うんこミュージアム」といった表層的な「面白さ」に目を奪われてはいけません。その裏には、人材の採用、評価、定着、そしてイノベーションの創出という、経営の根本課題に対する、カヤック独自の合理的かつ巧妙な「解」が隠されています。
短期的には、ハイカジ事業の業績変動や広告市況に注意が必要です。 しかし中長期的には、「面白法人」という日本最強の無形資産(=組織OS)が、優秀な人材を引き寄せ続け、彼らが「面白がって」新たな事業の種を生み出し続ける「永久機関」として機能するかに、最大の注目が集まります。
カヤックへの投資は、単なる「数字(業績)」への投資ではありません。 それは、**「面白さこそが、最終的に最強の合理性である」**という、柳澤CEOの経営哲学への信頼であり、その「組織文化」そのものにベットする行為です。
この記事が、あなたの投資判断の一助となれば幸いです。
(この記事は、公開情報やIR情報、各種報道に基づき作成されたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資の最終決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。)


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