- あの朝、私はまた同じ過ちを繰り返しかけた
- ニュースの99%は、私たちのためのものではない
- 中東情勢が日本株に伝わる、3つの経路
- 三つの未来、それぞれの構え方
戦争のニュースで動くべきか、無視すべきか。判断の前に、何を見て何を捨てるかを整理します。
あの朝、私はまた同じ過ちを繰り返しかけた
スマホの通知音で目が覚めました。
中東で何かが起きた、という見出しが画面の一番上に並んでいます。日経先物は下げています。原油は跳ねています。SNSを開けば、「第三次世界大戦」「日本株は終わり」「いやチャンスだ」と、相反する声が混ざり合って流れてきます。
私はベッドから起き上がりながら、頭の中で何かを買おうとしている自分に気づきました。エネルギー関連だろうか、防衛関連だろうか。あるいは、今すぐ持っている株を売り払うべきだろうか。
正直に言うと、私はこの場面で過去に何度か判断を誤っています。だから今でも、地政学のニュースで目が覚めた朝は、少しだけ緊張します。胃の底に、軽い違和感が残るのです。
中東情勢のニュースは、私たち日本株の投資家にとってずっと厄介な相手です。脅威にも見えるし、テーマ株の追い風にも見える。原油が上がれば商社が買われ、為替が動けば輸出株が揺れ、世界がリスクオフ、つまり投資家がリスクを取りたくない気分に傾けば、日経全体が沈みます。
でも、本当のところはこうです。中東リスクの大半は、私たちのポジションにとってノイズです。そして、ごくわずかな「本物のシグナル」だけが、私たちの判断に値する情報になります。
この記事では、まずニュースの中から無視していいものと、注視すべきものを仕分けます。次に、中東情勢が日本株に届くまでの経路を整理します。最後に、「もしこうなったら、私はこうする」という構え方を、撤退の基準まで含めてお渡しします。
派手な予測はしません。ただ、明日の朝にスマホを開く前に何を確認するか、その一つだけでも一緒に決められたら、この記事を書いた意味があると思っています。
ニュースの99%は、私たちのためのものではない
中東のニュースは毎日のように流れます。けれど、私たちの売買判断に関わる情報は、そのうちのほんの一部です。残りは、感情を揺さぶるためだけに、私たちの脳を素通りしていきます。
まずは、無視していいノイズから整理します。
ひとつ目は、単発のミサイル発射や報復攻撃の速報です。これは恐怖を誘発します。「ついに始まった」と感じさせ、私たちを売り注文のボタンへと駆り立てます。けれど、中東での応酬は2024年以降、何度も繰り返されてきました。そのたびに「これで全面戦争か」と言われ、そのたびに数日で相場は落ち着いています。一回ごとの応酬で動くのは、ほとんどの場合、間違いです。
ふたつ目は、SNSや動画サイトの「世界大戦」「日本崩壊」系のコンテンツです。これは閲覧数を稼ぐためのものであって、判断材料ではありません。私はこれを見た瞬間、ブラウザのタブを閉じることにしています。感情が動かされたと気づいた時点で、自分が情報の消費者ではなく、情報の餌食になっているサインだからです。
三つ目は、原油先物の数時間単位のスパイクです。「WTI、つまり米国の代表的な原油の指標が○○ドル突破」というニュース速報を見て、エネルギー株を慌てて買いに行くのは、ほぼ高値掴みの入口です。原油は地政学イベントで一時的に跳ね、その後すぐに需給の現実に戻ります。数時間や1日の値動きで判断するのは、私たちのような個人投資家の戦場ではありません。
次に、注視すべきシグナルです。
ひとつ目は、ホルムズ海峡の通過量とタンカー保険料です。世界の原油の約2割がここを通っています。物理的に封鎖されたり、保険料が大きく跳ねたりすれば、これは本物の供給ショックです。ロイターやEIA、米国のエネルギー情報局のレポートで確認できます。週に一度、目を通す程度で十分です。
ふたつ目は、原油WTIの月足、つまり月単位のチャートでの水準です。日次の値動きではなく、月をまたいで一定の水準を維持しているかを見ます。70ドル台で落ち着いているのか、90ドルを超えて居座っているのか。この差は、日本企業の輸入コストと利益率に直接効きます。
三つ目は、ドル円の方向性です。かつて地政学リスクは円買い要因でした。今は違います。日米の金利差と日本の経常収支の構造のせいで、リスクオフでも円が買われない局面が増えています。ドル円が中東リスクの局面でどちらに動くか。これは今の日本株にとって、最も重要なシグナルのひとつだと私は見ています。
この3つは、後で出てくる分析と撤退基準の判断に、そのまま使います。
中東情勢が日本株に伝わる、3つの経路
ここから、もう少し踏み込んで整理します。
事実として、中東情勢が日本株に影響するルートは大きく3つです。原油価格、為替、世界のリスク選好度。この3つは独立して動くのではなく、絡み合いながら日経平均を揺らします。
ひとつ目の経路、原油価格。
日本はエネルギーの大半を輸入に頼っています。原油が高止まりすれば、商社やエネルギー関連は追い風を受けます。けれど、空運、化学、紙パルプ、電力など、エネルギーをコストとして抱える業種は逆風です。
ここで大事なのは、原油上昇は全体としては日本株のマイナス要因のほうが大きい、という点です。一部の銘柄の追い風に見えても、指数全体は重くなりやすい。テーマ株の華やかさに目を奪われて、自分のポートフォリオ全体が沈んでいることに気づかない、というのはよくある話です。
ふたつ目の経路、為替。
中東リスクが意識されると、近年は「リスクオフだけど円安」という奇妙な動きが起きやすくなっています。これは、日本の経常収支がエネルギー価格の影響を受けやすく、原油高が構造的に円を売る圧力になるからです。輸出主導の大型株にとっては短期的な追い風ですが、内需や中小型株、そして家計にとってはじわじわと重しになります。
三つ目の経路、世界のリスク選好度。
中東リスクが米国市場で意識されると、VIX指数、つまり投資家の不安心理を測る恐怖指数が上昇します。これが上がるということは、世界中の投資家が「何か起きるかもしれない」と身構えている状態です。日本株はその影響を一晩遅れて受けます。前日のニューヨーク市場で売られれば、翌朝の日経先物が下げて寄り付く。この時間差を、私はずっと意識してきました。
ここまでが事実です。
ここから、私の解釈です。
中東リスクは、単独で日本株を大きく動かす要因にはなりにくい。むしろ、すでに弱気に傾いた地合いを加速させるトリガー、つまり引き金として働きやすい、と私は見ています。地合いが強い時の中東リスクは、半日で消化されます。地合いが弱い時の中東リスクは、下落の口実になります。
つまり、見るべきは中東のニュースそのものではなく、その時の日本株とドル円の「土台」のほうです。
私の前提はこうです。ホルムズ海峡が物理的に封鎖されない限り、原油は中期的に需給の問題に戻ります。そして、日銀の金融政策が大きく転換しない限り、円安傾向は構造的に続きます。この2つの前提が崩れたら、私は見立てを変えます。
具体的には、WTIが月足ベースで90ドルを継続的に超え、ホルムズ海峡の通過量が明確に落ち、タンカー保険料が倍以上に跳ねたら、私は供給ショックとして本気で構えます。または、日銀が想定外のタイミングで利上げに動き、ドル円が140円台前半まで戻したら、円高リスクオフという過去のパターンへの回帰を疑います。
正直、ここは私も迷うところです。地政学と金融政策が同時に動く時、どちらの影響が先に出るかは、リアルタイムでは判別が難しい。だから私は、ひとつのシナリオに賭けず、複数の構え方を準備しています。
この前提が崩れない限り、私は中東リスクを「絡みつくノイズ」として扱います。そして、絡みつくノイズに最も有効なのは、撤退基準を事前に決めておくことです。
三つの未来、それぞれの構え方
中東情勢の先行きを当てるのは、私には無理です。だから私は、当てる代わりに、起こりうる3つの未来に対してそれぞれ「何をして、何をしないか」を決めておきます。
緊張は続くが、応酬は限定的のまま
最も蓋然性が高いと私が考えるのは、緊張が高い水準で続きながらも、関係国の経済合理性によって全面戦争には至らないシナリオです。原油は70〜90ドルの幅で動き、ドル円は150円前後を中心としたレンジで推移する。日経平均は、米株の動向と国内決算で揺れながら、地政学はあくまで脇役にとどまる。
このシナリオでは、私は現金比率を平時とほぼ同じに保ちます。やるのは、いつもの分割買いと、決めた撤退ラインの再確認だけです。
やってはいけないのは、地政学を理由にした「テーマ買い」です。エネルギー関連や防衛関連を、ニュースの熱に押されて買いに行くのは、ほぼ確実に出遅れています。
チェックするのは、原油の月足とドル円の週足。日次のニュースは見るだけ見て、ポジションは触りません。
本物の供給ショックが起きる
ホルムズ海峡が物理的に通行不能になる。あるいは、主要産油国の生産設備が長期間停止する。これが起きた場合、原油は数週間で20〜30ドル跳ね、ドル円も大きく動き、日経平均も短期で大幅な調整に入る可能性があります。
このシナリオで私がやるのは、事前に決めた撤退ラインに触れたポジションから順番に手仕舞いすることです。全部ではなく、ルールに従って機械的に。判断ではなく、ルールが私を動かす状態に持っていきます。
やってはいけないのは、底値を当てに行く逆張りと、パニック売りです。どちらも判断が感情に乗っ取られているサインです。
チェックするのは、ホルムズ通過量、タンカー保険料、米国とサウジなどの主要国の公式声明。SNSは閉じます。
方向がはっきりしないまま、時間だけが流れる
応酬は続くが拡大も収束もしない。原油は乱高下するが趨勢は出ない。日経平均はレンジ。一番厄介な相場です。
この時、私は新規ポジションを増やしません。今あるポジションも、ルールに触れない限り動かしません。情報を見る頻度を意図的に減らします。1日に何度もチャートを見ると、無意味な判断をしたくなるからです。
やってはいけないのは、退屈を理由にした取引です。これは私の過去のミスの中で、一番回数の多い種類です。
チェックするのは、月に一度の自分のポートフォリオの健康診断だけ。それで十分です。
私が中東ニュースで一番高い授業料を払った日
ここから、自分の失敗を書きます。書くのが今でも少し気が重いのですが、書かないと意味がない話なので書きます。
2024年の春先のことです。中東で大きな応酬がありました。今でも記憶している方は多いと思います。あの時期、私はずっと相場に対して強気でした。日経平均は4万円を超え、円安は進み、エネルギー株は強い。誰が買っても上がる、そんな空気が漂っていました。
ニュースが流れたのは、確か金曜日の夜でした。日本のSNSは騒然としていて、ある投資系のインフルエンサーが「中東有事は商社と石油の買い場」と書いていました。私はその投稿をスクロールしながら、すでに心の中で買う準備をしていました。
月曜日の朝、寄り付き前のチェックで、中東関連のあるテーマ株が大きく上に飛んで始まりそうだと分かりました。普段なら追わない値動きです。でもその朝、私は「今回は違う」と思ってしまいました。
買い注文のボタンに指を置いた瞬間、頭の中ではこんな声が聞こえていました。「乗り遅れたら一生悔しい」「ニュースが続く限り、これは上がる」「自分は今回は読めている」。今思えば、その3つの声はすべて警告だったのに、私は警告を確信と取り違えました。
寄り付きで買いました。普段の倍のサイズでした。最初の30分は順調でした。じわじわ上がりました。私はランチを食べながら、含み益のスクリーンショットを撮ろうかと思ったほどでした。撮らなくてよかった、と今では思います。
午後に入って、流れが変わりました。中東情勢が「想定よりは抑制的」という報道が出ました。原油が崩れ始めました。私のテーマ株は、寄り付きから1時間でつけた高値を二度と更新せず、ずるずると下げていきました。
その日のうちに、私のポジションは含み益から含み損に転落しました。私は何もできずに、画面を見ていました。撤退ラインを事前に決めていなかったからです。「これは中東リスクの初日に過ぎない、明日また上がる」と自分に言い聞かせました。それは判断ではなく、希望でした。
翌朝、株価はさらに下げて寄り付きました。私はそこでも切れませんでした。「ここで切ったら、また戻った時に後悔する」。乗り遅れたくないという気持ちの、逆バージョンです。下げているのに、戻りを待ってしまう。塩漬けへの入口です。
結局、そのポジションを切ったのは、買値から二桁パーセント下げた、1週間後でした。切った直後に、株価はさらに下げました。それを見て一瞬安堵し、その安堵の浅ましさに自分で嫌気がさしたのを覚えています。
何が間違いだったのか。後で全部書き出しました。
ひとつ。サイズが大きすぎた。普段の倍を入れた時点で、もう判断は崩れていました。
ふたつ。撤退ラインを事前に決めずに入った。これが一番大きい。
三つ。情報源が偏っていた。SNSと、強気のインフルエンサー一人の意見しか見ていませんでした。
四つ。「今回は違う」と思ったこと自体が、今までも何度も間違ってきた言葉だったこと。
このうち、四つ目が一番怖いと今でも思っています。私たちは過去の失敗を覚えているはずなのに、相場の熱の中では同じ言葉を繰り返してしまう。「今回は違う」は、私の口座にとって最も高くついた4文字です。
今でもあの一週間のことを思い出すと、胃のあたりが重くなります。完全には消えていない、軽い痛みです。でも、その痛みのおかげで、私は今、撤退ラインを事前に決めずに買うことが、ほぼなくなりました。
だから私は今、これから書くルールを使っています。
あの失敗から、私が作り直したルール
ここからは、私が地政学リスクの時に使っている運用の話です。あくまで私のやり方なので、そのままコピーしないでください。資金量も、リスク許容度も、生活も、人それぞれ違います。
まず、資金配分のレンジから。
平時、私は現金比率を20〜30%程度で運用しています。地政学リスクが高まっている局面では、これを30〜40%に寄せます。緊張がさらに上がり、原油が月足で80ドルを継続的に超えてきたら、40〜50%まで現金を厚くします。
なぜ厚めにするのか。地政学局面は、上にも下にもボラティリティ、つまり値動きの幅が大きくなります。現金が手元にあれば、下げた時に拾えますし、判断ミスをした時の傷も浅くなります。地政学に正解を出そうとするのではなく、間違えても致命傷にならない設計に寄せる。これが私の基本姿勢です。
次に、ポジションの建て方。
地政学テーマで何かを買うことになったら、私は最低3回、できれば5回に分けます。間隔は1〜3週間ほどあけます。ニュース速報の翌日に全力で入ることは、まず絶対にやりません。
なぜ分割するのか。一括で入ると、想定と違う動きが出た時に身動きが取れなくなるからです。これは2024年の春先の私が、身をもって学んだことです。分割は、判断ミスを認める余地を自分に残しておくための仕組みです。
そして、撤退基準。ここが一番大事です。
私は3つの基準を、ポジションを建てる前に必ず書き出します。
ひとつ目、価格基準。エントリーした価格から逆方向に決まった幅動いたら、機械的に降ります。具体的な幅は資金規模で変わりますが、私は1ポジションあたり、口座全体の0.5〜1%の損失で止まる位置に置いています。これを「絶対のライン」と呼んでいて、ここに触れたら判断はしません。ただ降ります。
ふたつ目、時間基準。建てたポジションが、3〜6週間経っても想定した方向に動かなかったら、利益が出ていても一度降ります。中東リスクは、すぐに織り込まれるか、長引いて別の力学に変わるかのどちらかです。時間が経って動かないなら、その読みはもう生きていません。
三つ目、前提基準。先ほど整理した前提が崩れたら、ポジションを再評価します。具体的には、ホルムズ海峡の通過量が大きく落ちたら、円高リスクオフが戻ってきたら、原油が前提と逆方向に月足ベースで動いたら。これらが起きた時、自分の見立てがまだ生きているかを点検し、生きていなければ降ります。
価格、時間、前提。3つのうちどれかひとつに触れたら、判断ではなく、ルールが私のポジションを動かします。
そして、これだけは書いておきたいことがあります。
判断に迷ったら、ポジションを半分にしてください。間違えてもダメージが半分になります。迷いは市場からのサインです。
私はこの言葉を、自分のメモアプリの一番上にずっと貼っています。2024年の春先の私に、一番欲しかった言葉です。
最後に、地政学局面でやらないことのリスト。
ニュース速報を見た直後に取引しない。少なくとも24時間置く。
SNSと動画サイトの煽り系コンテンツで、ポジションサイズを決めない。
「今回は違う」と思ったら、その思考自体を疑う。
一度切ったポジションを、同じ価格帯ですぐに買い戻さない。
含み損が出ているポジションに、地政学を理由としたナンピンをしない。
これらは全部、私が過去にやって痛い目を見たことの裏返しです。きれいごとではなく、自分への戒めとして書いています。
今夜、眠る前に7つだけ確認してください
スマホのスクリーンショットで保存できる粒度で、確認用の問いを並べます。Yes/Noで答えられる形にしています。Noが多いほど、明日の朝までに準備しておくべきことが多い、という見方をしてください。
今のポジションすべてに、価格・時間・前提の3つの撤退基準を書き出してありますか?
原油が一晩で10%跳ねた場合、自分の口座全体で何%の損失になるか、答えられますか?
自分の現金比率を、平時と地政学局面でどう変えるか、事前に決めていますか?
中東関連の「テーマ株」を、過去半年でニュース速報の翌日に建てたことがありませんか?
直近1週間で、SNSや動画サイトのインフルエンサーの意見を理由に売買したポジションがありませんか?
ホルムズ海峡の通過量、WTIの月足、ドル円の週足、この3つを定期的に確認する仕組みがありますか?
「今回は違う」と思った時に、いったん立ち止まる仕組みが、自分のルールに入っていますか?
全部にYesと答えられる人は、ほとんどいません。私自身、半分くらいです。それでいいと思っています。気づくこと自体が、最初の一歩です。
「地政学なんて素人には読めない」と言われた時
ここまで読んで、こう思った方がいるかもしれません。
「地政学リスクなんて専門家でも読めない。素人の自分には無理だから、最初から無視するほうがマシでは?」
その指摘はもっともです。地政学を「予測する」のは、私にも、たぶん多くのアナリストにも無理です。当てに行くゲームではありません。
ただ、ここで区別したいことがあります。予測することと、反応のルールを持つことは、別の話です。
私たちは、地政学の先行きを当てる必要はありません。当てるのではなく、起こりうるシナリオに対して「もしこうなったら、こうする」というルールを先に持っておくだけです。これは予測ではなく、準備です。
完全に無視する立場も、ひとつの選択肢としては成り立ちます。長期インデックス投資で、毎月決まった額を機械的に積み立てている人にとって、中東リスクは確かにノイズです。10年単位で見れば、地政学イベントの大半は、チャート上の小さな谷として均されていきます。
ただ、こういう場合は話が変わります。レバレッジを使っている。個別株を持っている。短中期で売買している。生活費を含めて投資資金の比率が高い。退職金や教育資金など、使う時期が決まったお金が入っている。これらに当てはまるなら、地政学を完全に無視するのはリスクが大きい。
つまり、「無視していい人」と「最低限の備えが必要な人」は、ポジションの性質によって分かれます。自分がどちらに属するかを正直に見ることが、最初の一歩だと私は思っています。
長期積立だけなら、この記事は半分以上読み流してくれて構いません。個別株を握っているなら、撤退基準の部分だけでも、今夜のうちに書き出してほしいと思います。
誰が売って、誰が買っているのか
最後に少しだけ、需給の話をします。
中東リスクが意識される局面で、日本株を最初に動かすのは、多くの場合、海外投資家です。彼らは時差の関係で、東京の朝の寄り付きで方向を決めます。海外勢が売り越しに転じると、先物主導で日経平均が下げ、個人投資家は寄り付きでうろたえることになります。
個人投資家、つまり私たちのような立場は、構造上、反応が一拍遅れます。ニュースを見て、SNSで意見を確認して、それから動きます。だから個人の売買は、海外勢が動いた後の、二次的な波になりがちです。これは私たちの不利な点でもあるし、逆に「狼狽売りの波に乗らない」ための情報でもあります。
過去の地政学イベントを振り返ると、傾向として見えるのは、海外勢の最初の売りはすぐに買い戻されることが多い、ということです。本当の供給ショックでない限り、彼らは数日のうちに方向を戻します。一次的なパニック売りに付き合うことは、ほとんどの場合、間違いです。
ただし、これは「過去の傾向から推測すると」の話です。今回も同じになる保証はありません。今回が「本物」かどうかを見分けるのが、先ほどの撤退基準の役割です。
需給の構造を知る意味は、相場を当てるためではありません。自分が一拍遅れる側の立場にいることを自覚し、その遅れに乗っ取られないようにするためです。
明日の朝、スマホを開く前に
長くなりました。3つだけ、持って帰っていただきたいことをまとめます。
ひとつ目。中東リスクの大半は、私たちのポジションにとってノイズです。本物のシグナルは、ホルムズ海峡の通過量、原油の月足水準、ドル円の方向、この3つに絞れます。
ふたつ目。地政学を当てに行く必要はありません。当てるのではなく、起こりうる3つの未来に対して、それぞれ「やること」「やらないこと」を先に決めておく。準備が予測の代わりになります。
三つ目。地政学局面で生き残るのは、撤退基準を持っている人です。価格、時間、前提の3つを、ポジションを建てる前に書き出す。これがないと、私のように二桁パーセントの授業料を払うことになります。
最後に、自分自身に問いかけてみてください。自分の今のポジションは、最悪のシナリオでいくらの損失になるか。中東リスクが本物の供給ショックに変わった時、最初に手仕舞いするポジションをひとつ挙げられるか。過去半年の取引で、ニュース速報を見てから24時間以内に建てたポジションは、いくつあるか。
答えがすぐに出なかったら、それが今夜やることです。
明日の朝、スマホを開く前に、ひとつだけ確認することがあるとしたら、私はドル円のチャートだと思っています。中東リスクのある局面で、ドル円がどちらに動いているか。これが今の日本株の地合いを最も雑に、しかし正確に映してくれます。
地政学のニュースが怖いのは、当然です。私も怖いです。けれど、怖さの正体が分かれば、構え方が見えてきます。逃げるのは負けではありません。撤退ラインを守って退くのは、次の局面で戦うための、もっとも誠実な選択です。
明日もまた、市場は開きます。慌てずに、いきましょう。
本記事は投資助言を目的としたものではありません。 記載された内容は筆者個人の見解であり、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。 投資に関する最終判断は、ご自身の責任において行ってください。
| No. | 記事内セクション | 関連データ/補足 |
|---|---|---|
| 1 | あの朝、私はまた同じ過ちを繰り返しかけた | 99% |
| 2 | ニュースの99%は、私たちのためのものではない | 140円 |
| 3 | 中東情勢が日本株に伝わる、3つの経路 | 150円 |
| 4 | 三つの未来、それぞれの構え方 | 4万 |
| 5 | 緊張は続くが、応酬は限定的のまま | 30% |


















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